「怖い話」克服⑥-冥界行バスー

 

彼は追ってきました。私は息もつかずに夜の道を走りました。そうして気がついた時には、あのバス停についていたんです。それだけじゃない、あの少女がいたんですよ。私は少女に私をもとのところに返してくれるように言いました。
彼女は私に切符を手渡してくれました。そうして気が付くと私はこの町に、バスに乗った時間に戻っていたんです。

彼は話が一息つくと、放心したように地面を見つめ続けていた。

山田は、うまく言葉が出てこなかった。今の話を、この話をした意図をどういうふうに解釈すればよいのか、整理がつかなかった。常識で考えればありえない作り話だし、この男のしぐさにも少し芝居がかったものをかんじたのだ。しかし、彼がその話をした時の、郷愁のこもった瞳には、後悔と陶酔の入りまじったかなしい自嘲には、何か否定しがたいものが見え隠れしていたのだった。

「であなたはどうするつもりですか」

「私はね、あの町に帰りたい、私はねあの若い時後悔はしましたよ、でも所詮は他人事です。本当に気にかけていたわけではないんです。でもなんでしょうね。今では彼と一緒にいたいと、そう思うんですよ。気が付けば私は孤独でした。彼との関係がどうこうではなく、私は孤独な心の狭い人間なんです。あれから、いままで色々な人と近づくたびに、自分から、わざと台無しにしてしまったんです。そうせざるおえなかったんです。

でも彼と一緒にいたころは、その時分の、昔の私は、人が好きだった。周りにも人がいた。ただ、金を稼ぐための、後ろめたさを感じて生きているだけの人間じゃあなかった。だから本当は謝りたいんです。私と一緒にいてほしいんです。出来る事ならあの世界に帰りたい。心の底から謝ればまだ彼らは許してくれるかもしれないんです。いやそんなことは無理でしょう。でなくてもせめて謝らせてほしいのです。それで彼らの苦しみがいえるのなら喜んで私は死にます。それで彼らに許され思い出してもらえるのなら、間違ってしまった時を戻せるのなら。

ねえ貴方、腕の無い少女を見かけませんでしたか?もし見かけたら私に知らせてください」

 

山田はサラリーマンと別れた。浮浪者たちも朝の仕事の準備に取り掛かったようだった。道すがら、しばらくして彼の心には同情よりも怒りの感情の方が大きくなっていった。同乗する余地など何もないはずなのに、彼は男に同情していたことに気が付いたのだ。
「人間の屑、あの話が全て真実とはとても思えないが、でも奴が人間の屑であることはわかる。どこかでのたれ死んでしまえばいいのに。いや俺も同じなのか、だから同情したのか。なぜあの時あの男をぶん殴れなかったのか」
いつも以上に、遣る瀬無い気持ちと、罪悪感を抱えながら、彼はまた朝を迎えるのだろうか、いやそうではなかった、
かれは思わずはっとした、なにか予感めいたものが彼の体をつらぬいたのだった。

急いで、何度も隠れて通った、春夏さんの家へむかった。彼女は森のなかの一軒家に住んでいた。息せき切らしながらそこにつくと、確かに何度も見た、彼女の家がそんざいしなかった。そんなはずはない、もはやそこはただの空き地になっていたのだった。

何かがこの町で起きようとしている、彼はそう感じざる負えなかった。

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