プロローグ
ある町の公園近くの喫茶店
僕はアルバイトのウェイターだ。
若くして幸運にも財をなした私は、隠居生活の拠点として
小さな喫茶店を購入し、そして下働きとして雇われたのだ。
私が所有者であることは、マスターをはじめとした従業員は知らない。
僕はダメな人間なんだろう。そう気が付いたのは小学生のころだったか。
近所のお姉さん、学校で威張っている女子、僕はある意味ではもてる方だった。もっとも扱いやすい玩具のような存在としてだが。
でも、僕にはそれがたまらなく心地よかったのだ。そんな自分に嫌気がさして、人並みの暮らしをしてみたこともあったが、今はこれで良かったのだと思っている。
30代後半で、しがないアルバイト、それが僕の望んだ生活なのだ。というよりも、それしかできないのだ。ここに来る客たち、とくに女性たちは僕に憐みぶかい眼差しを向けてくれた。
中でも、春夏さんは特別だった。40代前半の彼女は水曜の午後になると店に来ては、本を片手に、くだを巻いていた。彼女はいつも右手でコーヒーを飲み、右手で本のページをめくる、左手はいつも服に隠しているようだった。もしかしたら不自由なのかもしれない。しかしそんなことは関係がない、僕に必要なのは女性の眼差しと愛なのだから。
「ねえ僕君、自殺者が死んだ瞬間を繰り返すって話があるでしょ」
「いえ初耳です、また怖い話ですか」
「あいかわらずなにも知らないのね、一時期この近くの団地で自殺騒ぎが流行ったじゃない。」
他の人と違い、この人は僕を憐れむことに遠慮がない、だから僕もわざわざ白痴ぶる必要もないし、逆に思う存分白痴でいられる。そんな自分に今も嫌気がさしていてたまらなくつらいのに、それでもうれしくて、そこから抜け出せないのだ。
「自殺者はね、その因果から、抜け出せないゆえに、同じ悪夢の時間を繰り返すのよ、まるで、人が重力に縛り付けられたように」
もしそうなら、理不尽な話だ。自殺者は人より不幸なはずなのに、死んでからもなお同じ痛みを繰り返すというのか。自殺させた奴が苦しめばいいのだ
「大丈夫よ、それ嘘だから、人は皆おなじ時をくりかえす。自殺者だけじゃなくてね。」
「そんなのは嫌だな」
「今のこの時と、またいつか巡り合える。もし相手がいい男であれば、ずいぶんととロマンチックで素敵な話じゃない」
彼女はそういいつつもなぜか悲しそうな眼をしていた。
僕は彼女が本気で笑ったところを見たことがないような気がした。彼女の後をつけて彼女の家を突き止めた時、一人娘らしい女の子といる時も、彼女は心底笑っているようには見えなかった。憐み深く、親切で、魅惑的な彼女がなぜなのだろう。
僕があれこれ考えているうちに、彼女は読みかけの本を閉じ、チャオ、とウインクをして店を後にしていた。
冥界行バス
皆さんは冥界行バス、あるいは幽霊バスというものをご存じだろうか。
深夜のバス停に、本来来るはずのないバスが停泊し、バスに乗ろうとすると、そこに乗っているのは死人の様な乗客と運転手で、それに乗ってしまうが最後、あの世という名の終点まで、バスを降りることができないというものだ。
今、この幽霊バスがこの町で、話題になっている・・・・・
テレビのワイドショーもネタがなくなったのだろう。ネットに怖い話や動画が散乱している今更にそんな特集をしても、大した数字は取れないだろうに。
俺に任せてくれれば、もっとバーベキュー食べたい、素敵な記事が出来上がるのに、俺はヒーローだからな、結婚しよう・・・・・おっさんにも恋する権利はあるさ・・・・・・
もうろうとする意識の中で、山田はそう考えた。かれは週に2日しか働かない。働かなくても、天から授かった幸運で食べていくことが出来るのだ。
彼が働くのはあくまで性癖のため。自分を憐れみ、見下してくれるそんな天使を求めてのことなのだ。
ああ俺は何を考えているのだろう 昨日も夢を見た なぜこんなにも美しいものをこわしたいのだ。愛する者が壊れていくのを想像するだけで、わが身に戦慄と愉悦が走る。
おれは、そのような人間なのだ。ほかの男もそうなのだろうか。しかし俺にはもう愛する者もいない。いたずらに美しいものを壊したい、そして自滅したいという思いだけが、俺を支配しているのだ。
だったらそれでいい、屑になれば快楽という幸福愉悦が待っているではないか・・・・・
殺し、奪い、平然と笑っいられる人間、それが正義と疑わず、いやそんなことはなから考えない人間。
俺も一回でいいから無垢な子供のころにかえって、不幸な人間を腹の底から笑ってやりたい それができたら・・・・・・
・・・・・・・・・ああ、それに俺が耐えられたら、もし俺が有能なら他を見下して何の躊躇もすることはないかもしれない、もし俺が冷酷なら、同じことだ。もし俺が鈍感な馬鹿者ならばやはり同じことだ。
人は気が付かないうちに多くのひと、自分より弱い存在を傷つけている。この世界でそれが当然のように生きていく、それが強さなのだろう。
しかし俺はそれに耐えられないのだ。どれにも当てはまらない、ただただ愚かで、弱い人間なのだ。優しいのではない、弱いから他人の痛みによって自分の痛みを思い起こしてしまうから、だから人の傷つく姿を見たくないだけなのだ。もしおれに力があれば、思う存分弱者を笑ってやれるのに。
俺には女神が必要なのだ。暗闇に光り、日陰者すべてに愛を注いでくれる、やさしい月が必要なのだ。俺を受け入れてくれるもの、俺の醜い欲望に釣り合う人、おれを支配してくれる人、俺の罪悪感を慰めてくれる人。わが心のソーネチカよきたれ。
そうこれでいい、あそこには女神がいる。女神に会いに行けばいいのだ。かりそめの女神に。
彼は、夜になると、むくりと起きて、身支度を整えて、夜の街に繰り出す。もちろん彼の様な人間が、まっとうな店に足をはこぶことはない。しかし、彼は一度として、店に入ってことを済ませたことはないのだ。「やり切れないのだ、俺にはできない、できないのだ」そういうのが彼の口癖だった。
かれは帰りがけにスーパーによった。半額弁当、それが彼のひと時の楽しみだった。かなわぬ夢の周りを回るように黒く小さい人々が売り場の周りをまわっている。群がる人々はどうしてこんなにも疲れているのだろうか。
果てた悲しき夢のあとには、また同じ幻がやってくるのだ。いつまでも、いつまでもたとえ年老いたとしてもそれはやむことはない。世の中の息苦しさと、自分自身の息苦しさの挟み撃ちにあい、逃げ場のない隅の日陰に後ろ指を指されながら沈殿していく、
今と変わらないしかし、終わりの風景、そんな未来に彼は恐怖し、むなしくなった。そして一刻も早く家に帰りたくなったのだ。
人間のいないところへ、傷ついた人々のいない、傷つける者のいない安住の地へ。憎み愛してやまない仲間たちそれに背を向ける。
コンビニで時間をつぶした後、
20円引きのパンを食べながら、公園まで差し掛かった。公園のベンチに人らしきものがうずくまっている。見間違いだろう。でなければぞっとしない。小さいころムジナについての話をよく聞いていた彼は、わかっていてもこういう時、妙な不安を感じてしまうのだった。
そそくさと離れようとしたが、どうも様子がおかしい。ベンチに座っている人の揺れ方がどうも尋常じゃない。まるで、フンフンフンとどこかのバスケ漫画のような揺れ方なのだ。滑稽な目が慣れるにつれて、サラリーマン風の中年男性であることが分かった。
みたんだよ。みたんだ。おれは・・・・
目が慣れてきたおかげで、よく見ると周りに水を飲んでもよっパラっていそうな連中がたむろしているのに気が付いた。公園の住人、見知った顔もいるようだ。なぜ男にはきづいて彼らにはきづかなかったのだろうか。
とりあえず安全らしい。彼は紳士らしく半額の弁当を男にわたし、話を聞くことにした。
今日一日あれだけ人を嫌悪していたのに、今は妙に人と関わりたい気持ちになっていたのだった。
「ありがとうございます。おかげで落ちつきました。私はこの町の某企業で働いているものです。で私が震えていた理由ですね。いまだに信じられないのですが、醜態をさらしてしまって申し訳ない。
いつもの会社の帰り道、大体1時ぐらいでしょうか、まあなんというか疲れを取るために、あるもう使われていないバスていによりかかっていたんです。
社会にでて20年程立ちます。若いころほどではないですが、いまだに悩みというものはありますね。わかっていただけると思います。
しばらく休んだ後、われにかえって家路に就こうとしました。時刻表を見ると2時ごろにバスが来ることになっています。もちろん来るわけがありません。
しかし今まで何回もそこを通っているのにもかかわらず、その時初めて見た時刻表が妙に気にかかったのです。時刻の横に冥界と書いてあったのです。
で、バスは来たんです。
異様な光景でした。バス全体が霧に包まれたような光を発してはいるが、それが闇の中に溶け込んでいるような感覚に襲われるんです。
それに乗る人は生気の無い死人の様でした。体の一部がない人、大けがをしている人、そいつらが一斉に私を凝視して、私を指さしました。訳が分からず叫びたい気もちで、立ち尽くすことしかできませんでした。
そして少しだけ頭が動き出したと思ったときにはもうバスの中でした。バスの中の彼らは何をするわけでもなく、もうこちらに興味がなくなっているようでした。
それどころかバスの走る音も含めて、一切の生きている息吹というか、物音がしないのです。
窓をみてもくらい森の様な場所を走っており、そこがどこなのか、どこをどう走っているのか定かではありません。
私は、半狂乱になって、運転手に詰め寄りました。「おろしてくれ、私は間違えてのったんだ。ここはどこなんだ」とね。
運転手は「お客さん迷惑ですから、乗車券買ったんでしょう、そしたら降りられませんよ」と、まるで機会か何かを通して遠くから話しかけているような声で、こちらを向かずに言ってきました。
それから何を言っても取り入ってもらえないのです。
私は、何か助けを求めるようにあたりをひたすらに見まわしました。本当は見たくなかった。でもそうするしか方法はなかった。
すると、今まで気が付かなかったのですが、一人だけまだ人間だと思える少女がいたのです。片腕がないだけでした。
少女に近づき私は助けを求めました。少女はしばらくしてから「切符」とだけ言ってそれ以外には何も言ってくれませんでした。
その時きづいたのです。切符がなければこのバスを降りられるのじゃないかとね。そうしてポケットの中をまさぐると切符があったのです。私は急いで、運転手に駆け寄り、その目の前で切符を破り捨てました。
しかしバスははしりつずけました。あきらめかけた時、バスはとまり、私は降りる事が出来ました。
そこは、あるバス停の前でした。遠くをみるとボーと光る町の明かりが見えました。
道なりに元の場所に帰れるかとも思いましたが、疲労も困憊だっあので、町の方へ向かうことにしました。あれは町ではないんじゃないか、歩いているあいだ不安に駆られましたが。
うしろ町という名の町につきました。そこで3年間くらしていたんですから忘れようもありません。そこの住人は皆片腕がありませんでした。でもそれ以外は何も普通の人間と変わりません。
繁華街はにぎわい、歌を歌う酔っ払い、串焼き屋の前でたむろする若者たち、親に手を引かれ、きょろきょろとあたりを見渡している子供、みな幸せそうだった・・・・
不安に駆られ、何も考えられないまま、しばらく歩いていると、私は思いがけない人物に出くわしました。かつての親友、わたしが裏切ってしまった友にあったのです。
私は今の職に就く前はある工場で働いていました。彼が上司にいじめられているのを知っていながら、そ知らぬふりをしていました。いや、それどころかいじめがエスカレートしていく中で、私もいやいやながらそれに加担していくようになりました。
そしてある日彼は、あやまって、腕を機械に巻き込まれて、肘から先を失いました。その彼に追い打ちをかけたのは私でした。腕を失った彼にやさしい言葉をかけるものも職場にはいました。しかし、それどころ陰で口汚くののしるものも多かった。私もその一人でした。
いやそれだけではない。じつをいうと、彼がいじめにあうようになったのは私がそう仕向けたからなんですよ。彼は、昔から優秀でした。工場勤務といっても僕たちは大学出の管理職候補ですからね、でも職人さんとの関係を築くのは大変ですよ。彼らはどんなに頑張ったって、僕たちより上には上がれないんですからね。
それは僕たち優秀でない人間も同じでした。そこをうまくやったわけです。昔からいけ好かない野郎でしたからね、親切で、優秀で、ただ少しほかの人間と考え方や感性がずれているところがありましてね、それが彼の欠点だったわけです。
それだけではない、彼が一番落ち込んでいるときに、彼の女と浮気をしましてね、それがトドメだったわけです。彼は、職場を辞めそれ以来音信不通になりました。いやもちろん後悔しましたよ。私だって人間です。この年になるまで考えつづけて、いまこの時も彼には頭を下げる事すら許されないと思っています。私は生きる資格のない人間なのです、愚かでろくでなしなのです。こんな人間はいない方がどれだけ望ましいか知れません。
その彼が目の前にいたのです。私はなんとい言っていいのかわかりませんでした。
しかし彼は、私を温かく迎えてくれました。彼も、他の住人も、謎のバスに乗ってこの町に来たそうです。そしてここで何もかも忘れてこの町で幸せに暮らしていると。
私は何も言えなかった。謝罪も、後悔の言葉も、絶望の言葉も、何も言えなかった。
しかし、その町で私は幸せでした。失った親友と再会し、そのうち妻子もでき、仕事も見つけ、気が付けば私の片腕もなくなっていました。まあ片腕なので仕事は大変ですが。
週末は親友の一家とバーベーキューなんぞをして盛り上がりましたし、本当に楽しかった。
友は私のことを許してくれたのです。醜い人間以下の生まれながらの害悪でしかない私に生きていいと言ってくれた、そう思うのです。
でも因果応報というんですかね、たいがい自分自身の行いの悪さからダメになってしまうものなんですかね。
3年程たったある日、仕事も軌道に乗り始めた矢先に、私のミスで大きなクレームが発生してしまいました。取引先、ふふ、意外でしょう、そんな不思議な町でも、お金も会社もあるんですよ。
取引先に謝罪してへとへとになりながら家に帰った私は、まあお気づきかもしれないが、私は彼の娘を誘惑してしまったのです。ええこんな私がかって?、本当ですよとんだ阿婆擦れでしたよ。へへ
私が必死になって屈辱と絶望にまみれているときに、彼が何をしているのか、私は知っていました。だって、私の妻もまだ帰ってないからです。習い事とかなんとか口実をつけてね。でも二人が影でなにをしているのかは前から薄々感づいていたんですよ。復習されて当然とはいえ、それじゃあ結局何もかも彼のが上というわけですよ。
そんな不公平でくそみたいな運命、逆立ちしたって彼にはかなわない運命なんですよ。だから彼の一番大切な物を奪ってやったのです。へへ、あのときと同じでした、それを帰ってきた彼と妻にに目撃されてしまったんですよ。
わたしはとっさに謝ろうとしました。今まで実は彼に一度も謝っていなかったことに私は気が付いていました。幸せが崩れてしまうような気がしましてね。でもいまさらそんなことを出来る状況ではなくしてしまったんです。
彼の顔が青ざめているのを感じました。やはり恨みというのは早々忘れられるものじゃあありません。ましてや2回目ですからね。
でもせめて謝ればよかったんです。できなかった。後ろめたい気持ちがいっぱいで、気が付いたら彼を口汚くののしっていました。お前が根性なしなのが悪いんだ。お前が上司や仲間たちとうまくやれなかったのが悪いんだ、その上親切にしてやった俺の妻と不倫をするとはなんてやつだとね。
友は悲しそうな顔をしていました。私は興奮して少し得意になりましたよ。でもね妻のやつが言ったんです。あなたの誕生日の相談を二人でしていたのにとね。
私は、思わずはっとしましたよ。ああ、そうなんですよ、言われて初めて気がつくものですねその次の日が私の誕生日だったのです。なあに信じるものですか、女というのは言い訳ばかりうまいんですよ、
ええ、信じませんよ・・・・ただ私はそういって青くなって、しどろもどろになってしまったんです。だってそんなこと、認められませんよ、じゃあ私はいったいなんなんですか。
そして私は逃げ出したんです。
彼は追ってきました。私は息もつかずに夜の道を走りました。そうして気がついた時には、あのバス停についていたんです。それだけじゃない、あの少女がいたんですよ。私は少女に私をもとのところに返してくれるように言いました。
彼女は私に切符を手渡してくれました。そうして気が付くと私はこの町に、バスに乗った時間に戻っていたんです。
彼は話が一息つくと、放心したように地面を見つめ続けていた。
山田は、うまく言葉が出てこなかった。今の話を、この話をした意図をどういうふうに解釈すればよいのか、整理がつかなかった。常識で考えればありえない作り話だし、この男のしぐさにも少し芝居がかったものをかんじたのだ。しかし、彼がその話をした時の、郷愁のこもった瞳には、後悔と陶酔の入りまじったかなしい自嘲には、何か否定しがたいものが見え隠れしていたのだった。
「であなたはどうするつもりですか」
「私はね、あの町に帰りたい、私はねあの若い時後悔はしましたよ、でも所詮は他人事です。本当に気にかけていたわけではないんです。でもなんでしょうね。今では彼と一緒にいたいと、そう思うんですよ。気が付けば私は孤独でした。彼との関係がどうこうではなく、私は孤独な心の狭い人間なんです。あれから、いままで色々な人と近づくたびに、自分から、わざと台無しにしてしまったんです。そうせざるおえなかったんです。
でも彼と一緒にいたころは、その時分の、昔の私は、人が好きだった。周りにも人がいた。ただ、金を稼ぐための、後ろめたさを感じて生きているだけの人間じゃあなかった。だから本当は謝りたいんです。私と一緒にいてほしいんです。出来る事ならあの世界に帰りたい。心の底から謝ればまだ彼らは許してくれるかもしれないんです。いやそんなことは無理でしょう。でなくてもせめて謝らせてほしいのです。それで彼らの苦しみがいえるのなら喜んで私は死にます。それで彼らに許され思い出してもらえるのなら、間違ってしまった時を戻せるのなら。
ねえ貴方、腕の無い少女を見かけませんでしたか?もし見かけたら私に知らせてください」
山田はサラリーマンと別れた。浮浪者たちも朝の仕事の準備に取り掛かったようだった。道すがら、しばらくして彼の心には同情よりも怒りの感情の方が大きくなっていった。同乗する余地など何もないはずなのに、彼は男に同情していたことに気が付いたのだ。
「人間の屑、あの話が全て真実とはとても思えないが、でも奴が人間の屑であることはわかる。どこかでのたれ死んでしまえばいいのに。いや俺も同じなのか、だから同情したのか。なぜあの時あの男をぶん殴れなかったのか」
いつも以上に、遣る瀬無い気持ちと、罪悪感を抱えながら、彼はまた朝を迎えるのだろうか、いやそうではなかった、
かれは思わずはっとした、なにか予感めいたものが彼の体をつらぬいたのだった。
急いで、何度も隠れて通った、春夏さんの家へむかった。彼女は森のなかの一軒家に住んでいた。息せき切らしながらそこにつくと、確かに何度も見た、彼女の家がそんざいしなかった。そんなはずはない、もはやそこはただの空き地になっていたのだった。
何かがこの町で起きようとしている、彼はそう感じざる負えなかった。