「怖い話」ティッシュ配りの男

 

 

 

「おはようございます!」

俺こと岡田達郎は、今朝も背広を着て駅の改札口付近でティッシュをくばっている。

配布や勧誘の仕事について早5年、入学式の学生にパンフレットを配るアルバイトから初めて、その後色々な現場を体験して、今の会社で名ばかり契約社員のティッシュ配り兼現場リーダーとして落ち着いている。

この仕事についていると、色々な人がいることに改めて驚かされる。もちろん大体はテンプレの反応しかしない。

こちらの挨拶ににこやかに返してくれる人、完全無視でいかにも見下したように通り過ぎる人、勧めてもいないのにティッシュをもぎ取りに来るおばちゃん等々。

 

しかし分類不可能な人々も色々いて、例えば一度ティッシュを受けとったにもかかわらず、わざわざ一度離れた地点にもどり、そこから何往復もして何度もティッシュをもらいに来る人、朝から酔っぱらって絡んできて、中国の孫子の兵法だか何だか、とにかく自分の博識からふられた女の話まで、延々と披露してくるじいさん等。

そして一番変わっているのは俺の同僚、正確にはアルバイトの一人で部下なんだが、そう今もわざわざ頼まれてもないのに持ち場から遠くの場所にいって、やたらに体調が悪そうなばあさんにティッシュを配っている男、鈴木清だ。

 

「おい鈴木、また幽霊か?」
「はいすみません。しかしあのお婆さん大分体調が悪そうだったので」
「別に仕事中に余計おせっかいする必要ないだろう。寿命だよ。」
「いえ、たぶん後ろについている男性の霊の影響だとおもうので、それを祓ってきました。」

そうこの男、幽霊が見えるらしく、ティッシュ配りの最中に背後霊がついている人間を見かけては、わざわざそこまでいって、ティッシュ配りにかこつけて、除霊をしているらしいのだ。たしかに鈴木が除霊していると言い張っているときは、他の人への対応と少し違う、相手の片や背中に軽くふれているが、あれがそうなのだろうか。

いうまでもなく、そういうスキンシップまがいのことをされると怒り出す人もいるので、こちらとしてはひやひやものではある。しかしこの鈴木という男、なぜか憎めない奴であまりきつく注意も出来ない。

それに今回に限り、こちらにも算段があるのだ。

「おいじゃあ一つ頼みがあるんだけど。もちろん聞いてくれたらお礼はする。」
「なんですか、合コンのメンバーが足りないんですか。僕が行くと他の男性が引き立て役になってしまうと思うんですが。」

「なわけないでしょ、お前一遍鏡見てこい。相談というのは、俺の学生時代からの友達が、いま不運続きというか体調がすぐれなくて。もちろん俺は幽霊なんて信じていないけど、本人がたたりだなんて信じているもんだから、ぜひお前に一回見てほしいんだ。」

鈴木は承諾した。まあどちらでもいい。幽霊がみえるのなら、それを祓ってもらえれば友人は満足するだろうし、いないならいないで友人も建設的な努力をするだろう。

――――――

そして日曜日、俺達は有る喫茶店で合流した。喫茶店というよりもカウンターがあるバーなのだが、店主のおやじ曰く喫茶店らしく昼間からやっている。

俺の地元の駅近の店なのだが、階段を下りた地下にあって暗く狭い上にぼろいという特性上、一部の常連以外は、営業していることさえ知らない。実は夜にはこだわりのハンバーガーを出しておりこれが旨い。

というよりも、みな夜のハンバーガー目当てでくるので、昼は客がろくにおらず、学生時代の俺や仲間は、この店を拠点のようにしていた。

「鈴木さんですか。岡田から話は聞いています。俺は板橋といいます。今日は御願します。」
「いえこちらこそ。大丈夫ですよ。お礼は全部岡田さんがたっぷりしてくれるので」
「はいはい、マスター生中3つね。」

これは一種の合図だ。店のおやじはやる気がなくおくにひっこんでいるので、いつもこの冗談をいっては、自分でコーヒーやソーダを入れるのが習わしになっている。当然代金はテーブルに置いておく。俺が飲み物を用意していると、かられはもう本題に入ったようだ。

 

少し離れてみると、友人の板橋は恰幅が良く太目であり、一方の鈴木は小枝のようにやせているので、なんだかアンバランスだ。

「その一か月くらい前なんだけど、肝試しにいってさ。それから体調が悪くて。まあ俺も幽霊とかは本気で信じていないけれど、でも万が一ということもあるし。」
「いえ幽霊はいますよ。というよりも立派な感じのおじいさんが貴方の背後にもきちんといらっしゃいます」
「怖い事言うなよ。まさか本当に?」

 

おいおいなんてことを言うんだ。そう俺が突っ込む前に、鈴木は板橋の背中にむかって何やら話しだし、しかも懐からからティッシュを取り出して、それを見えない何者かに手渡した。

そして次の瞬間から、俺は目を疑い、板橋はがたがた震えだした。明らかにティッシュが空中に浮いている・・・・・

 

「ええ、ですから、どうかこの方の元からは御引取ください。どうも臆病な方のようですし、近年は偏見もおおくて、丁度良い所に亡くなられた方の集合場所もありますので、いえいえ墓地ではありません。あるホテルなんですが・・・・私ですか、今はX駅でティッシュ配りをしているので、ぜひお寄りください。」

鈴木はなにやら話していたが、そのうちにこちらに向きなおり、「もう大丈夫でしょう」とそういった。いつのまにか浮いていたティッシュは消えており、そして開いてもいないドアがギイと開く音がしたかと思うと、階段を上がるトントンという音が、遠ざかって行った。

 

「おいなんだよ今のは・・・しやしかし、たしかに、なんだか体が軽くなった気がするが。」

「おい鈴木どういうことだ?」

 

怖がりながらも結構能天気に喜んでいる板橋のリアクションが少し可愛いと思って、謎の領域に目覚め始めるのを何とか阻止するように、俺は鈴木に事の顛末を訪ねた。

「後ろにおじいさんがいらしたんです。どうも寂しかったようなので、幽霊の方が沢山集まる場所を教えて差し上げたんですよ。」

「はあ・・・しかし幽霊なんて、いやもし仮にいたとしても、どうやって除霊したんだ?いつも疑問に思っていたんだが、まじないとかをするわけでもないのに。」

「本当は名刺が良かったのですが、僕はティッシュ配りですので、ティッシュを渡して、自己紹介をして、普通にお願いしただけですよ。」

「そんなことでか、案外拍子抜けだな。しかし相手が悪霊とか、厄介な霊だった場合はどうするつもりだよ。」

「もちろん、あまりにもやばい人には現実通り近づきません。しかしもしその場にいて、気が付かれているのに、それを無視されたら、悲しいじゃありませんか。」

「そりゃまあ、俺達には特に身に染みる話だが。しかしもう慣れっこだからな。」

「幽霊も人間も同じです。あの老人もなぜか霊体としてこの世に残ってしまったので、自分が何者かまったくわからなくなってしまったんです。身寄りも親友もいない幽霊はもう生きている人間の中では必要とされませんし、幽霊として生きていくなんてのは雲をつかむような話です。

ですからあの人には、いえ、どの人にも、自分が存在する価値があると思えるよう拠り所が必要なんです。それが今回の場合はこれです。」

 

鈴木はティッシュを差し出した。たしかに、このティッシュはそれなりに、まともそうな人にしか配らない。社会の和からはみ出しているような人間にくばっても後ろについている広告の効果がないからだ。しかしこの男はそれを幽霊に渡した。死んだ幽霊にすら自分の価値が必要だというのか。

 

「そうか、俺の後ろについていた、その爺さんは寂しかったんだな。だからティッシュをもらったことで一人前扱いされて、あんたに信頼感を抱いたわけだ。ただのティッシュが、人に手渡されると価値になるなんて、こりゃあ不思議だ。」

そういって、板橋がにこやかに笑った。お前がまとめるんかい!という突っ込みはしないでおいた。一応当事者だしな。

 

その日はそれで解決し、板橋はその後健康をとりもどして一件落着した。

ただその後も鈴木はあいかわらずで、幽霊が見えるらしく、何もいないところに話しかけていたりするので、俺がおさえていなけりゃあ、これはまともな社会生活はむりだなという感じで、来年から契約社員を目指して、結局今も俺の指導の元、アルバイトとしてティッシュや塾のパンフレットやらをくばりながら、同時に自称除霊を続けている。

俺は正直に言うと、アマちゃんな人間というのが好きではない。現実は非常で、鈴木だってそれはわかっているはずだ。それに実のところ俺は幽霊なんていまだに信じられないね。しかし鈴木がなかなか良いやつなのは間違いないから、面倒見なきゃというのは、これは仕方がないのかもしれない。

 

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