「怖い話」死神の話

 

これから書く話は、俺と死神との腐れ縁の話だ。
はじめは小学生の時から、そして大学時代にいたるまで、俺は合計4回も死神に出会い、おそらく意図的に付きまとわれてきた。順をおって書いていく。

(1)小学生の頃-神社での出来事-

小学5年生のころ、俺は早起きが趣味だった。早く起きて一番にクラスに入るというのが習慣だった。そしてもう一つの目的として、近くの神社にお参りをしてから行くというのが、近道も兼ねての俺のマイブームだった。

その神社は高い丘の上にあり(この前帰郷した際に確認したら昔思ったよりは高くなかったが)、階段を上っていくのだが、その神社を通り抜けると、迂回する道よりも少しショートカットになる。しかし実際には近道が目的ではなく、何となく朝の誰いない神社にお参りするというのは優越感というか、すがすがしいものがあり、そうしていたのだ。

そしてこの朝のお参りには、もう一人だけ同伴する人がいた。それはみしらぬおじさんで、たぶん近所にすんでいたのだろう。スーツではなかったから、出社前とかではない気がする。俺は一度もその人に声をかけたことはないが。会釈だけはして、少しお互いに通じ合っているのかな?なんて思っていた。

事件のあったその日、俺はいつも通りその神社に朝早く来ていた。俺はお参り(当然賽銭などは入れていない)をすますと、さて学校に行こうとした。

その時にいつも見かけるおじさんが階段を上ってくるのが見えたのだが、普段と違い横にもう一人、白い人がいることに気が付いた。俺はもう神社をぬけるところだったので、おじさん達とは、十数メートルくらい離れたところにいたが、隣の人が誰なのか気になって、なんとなくその場に立ち止まり、彼らを観察した。

ついでに言うと、階段を上るといっても神社はそれほど大きいものではない。地元の人々が管理をしているような古めかしいやつだ。

なぜその人がきになったのか、それはその人が真っ白に見えたからだ。その人はおじさんと平行に移動し、そしておじさんが、お参りをしているときには、なぜかその人は拝んではいなかった。はじめはおじさんの奥さんかなとも思ったのだが、なにか妙な、胸騒ぎがして、俺は冷や汗をかいていた。その時のじとりという感触を今でも覚えている。

その白い人が俺のほうをむいたんだ。その人はいややつは爺さんだった。白長い髪の爺さん。そいつが俺をみて、満面の笑みで笑っていた。

俺は急いでその場を逃げた。心像が激しく動き、まだ冬ではなかったのに、白い息をはいているように感じられた。そして全力でクラスに飛び込み、机に突っ伏した。頭の中では、学校になぜかあの爺さんが、追いかけてくるのではないか、いや今もまどから覗いているのではないか、そんな妄想がかけめぐり離れなかった。

その後しばらくは、あの神社を通らないようにした。もっともはやく起きる習慣はかわらなかったので、違う道を通って通学したのだが。
しかし、小学生の時間感覚と危機管理意識は大人とは違う。ほとぼりがさめると、俺は神社に通いだした。そして別になにもおこらなかった。あの爺さんにはあわなかった。ただし同時に、いつも朝早く参拝していた顔見知りのおじさんにも、その後会うことはなかった。

(2).中学生時代-オーラと幽体離脱-

オーラの見方をしっているだろうか?
オカルト界隈では割と常識的で簡単な方法をこの話では紹介しようと思う。

妖しい前ふりから始めたが、これには理由がある。中学生の頃、丁度オーラとかのオカルトブームで、それを調べたり実験したりしていたことが、あの死神の爺さんと接触する二度目のきっかけとなったからだ。

オーラとは、人間の体を包み込む気であり、俗にエーテル体とかアストラル体とか言われるものだ。人間には、普段見えている肉体意外に、より高次の精神的な実態が存在し、それは波動の性質をもつというのだ。

オーラの見方だが、まず指(どれでもいい)を見る。この時指そのものをみるのではなく、指の輪郭線(透明に見えるところ)を長い間見る。そうするとおそらくオーラが見えるはずだ。ある程度なれると簡単にみられるのだが、しかしこれがオーラか、ただの疲れ目の錯覚なのか、それは俺には自信がない。

オカルト界では、「綾の光」という訓練があり、これは黒い円盤に二色(補い合う色)の図形をはり、そしてそれを見続けると、だんだんと色が特有の輝きを放つというものだ。

これ自体は眼精疲労や補色による現象なのだが、同時にオーラ視やイメージを空間に投影するための訓練として有効な物だという。俺はそこまでオカルトを極めわけではないが、このように物質的な現象と精神的な現象は何らかの関わりがあるようで、難しいことはわからないが、現代の科学的知識だけで、簡単に割り切れるようには、世界は出来ていない様なのだ。

こんな感じでオカルトにかぶれやすい人間なので、社会人になってからも学習にもそれを応用できないかと、生命の樹をもちいた記憶術をためしたり、これはオカルトとは違うが、記憶の宮殿という記憶術をためしたり、いろいろと正攻法ではない上手くいけばたいしたものだが、失敗すれば現実逃避的な趣味に、はまっていたりする。

少しわき道にそれたようで、話を戻すが、俺が死神の爺さんにあったのは、ある夜幽体離脱をしたときのことだった。

もっとも幽体離脱については、俺は訓練をしていたわけではない。俺がしていたのは明晰夢(自由に夢を操作)を見る方法であり、ようは完全に中学生のエロス目的だった。そしてついでに書くが、俺が見れる明晰夢では、女の人の裸はなぜか、ぐにゃりとか、のっぺりとかした無機質なもので、俺は自分の想像力の貧困に落胆するしかなかった。

この明晰夢の訓練がよくなかったのか、ある夜俺は意図せずに幽体離脱をしてしまった。
もちろん初めは自分が幽体離脱をしたと気が付いていたわけではない。
自室で目覚めた時に、目の前にベッドに横たわる自分の体があり、そしてわりとクリアな意識もあり、はじめは明晰夢だと思ったのだが、自分と、寝ている自分の体が銀の糸でつながっていることを発見して、俺はパニックになりながらも、それが幽体離脱だという結論にいたった(銀の糸は肉体とアストラル体をつなぐものだ)。

オカルトにかぶれていると言っても、このとき感動等はしなかった。むしろ寒気というか怖かった(本当に寒気がしたわけではない幽体離脱状態では寒さなんてあまり感じないようだ)。すぐに体に戻ろうと思った。だってもし戻れなくなれば死ぬかもしれないのだ。

しかしまたすぐに気が変わった。それは戻ろうとして俺の間抜けな寝顔を見たからだ。平凡で退屈な顔で俺は現実逃避がしたくなった。いやそうだという理由もないが、とにかく俺は、もし幽体離脱のまま空を飛べるものなら、飛んでみたくなった。
それでベッドわきの窓を開けた。以外にも物に触ることができた。そして俺は空にとびたった。確信というか空を飛べることを疑わなかった。

はじめは、近所からだった。見知った住民が犬を散歩していたり、別に驚くような光景はなかったが、誰も俺には気が付かなかった。

思いきって俺は大空に繰り出した。上昇して、町の明かりを見下ろした。風が綺麗ですがすがしかった。そして頭の中に、夜に働く人々や車や電車の音が思い浮かんだ。

でも同時に思い浮かぶことがあった。それは雲に隠れた三日月の上に腰掛ける赤茶色の髪の長い女の人だった。月の女神かな。俺はそれを目指そうかと思った。

いやそれよりも、宇宙の外に出れば。きっとこの世界を管理している存在がいるに違いないとも思い、とにかく上を目指すことにした。

しばらくすると、空のある部分に、人らしきものがいるのが見えた。ついに世界の管理人に出会えたかと思ったが、そこにいるのは白い人だった。

目の前が灰色になった気がした。なぜか知らないが、そいつらは危険だと思った。俺は恐怖して逃げ出した。早く元に戻らなければと思った。だって白い人は死神かもしれないからだ。

その白いやつはおってきたんだ。数人いた気がするけど一人だけ。それで俺は逃げて、でも俺は幽体離脱初心者だから、少しずつ相手に距離を詰められて、そして振り向くとそいつはもう目前までせまっていた。

そいつは例の爺さんだった。俺はこの時はじめて、やっぱりこの爺さんは死神なんだと確信した。だってそいつは口角を異様にあげて楽しそうに笑っていやがったんだ。やつはすぐにでも追いつけたんだ、だけど俺をなぶるためだけに、すぐに捕まえないで追いかけるのを楽しんでいやがったに違いないんだよ。

しかし恐怖に駆られて、同時にひらめいたことがあった。それは念じればもしかしたら、一瞬で元の体に戻れるかもしれないということだ。俺は目を閉じて、精神を集中させて、元の体に戻りたいと念じた。でもダメだった。だってこんな状況で集中できるわけがない。

そしてとうとう後ろにいるやつに、肩をつかまれた感触があった。終わったと思った。
目を閉じていても、その死神の爺が笑っているのがはっきりと想像できた。声が聞こえた。爺さんの声、なんだか少し甲高いような意地悪そうな声。それを理解したらダメだ、そう心が感じていて、それでその時。

その時、俺は自分の部屋に戻っていた。ベッドではない、ベッドの下に寝ていた。
俺は助かったと思ったが同時に、なんで?という思いもあった。そして気が付くと体が揺れていて混乱した、何かの呪いではないかと。でも少し経つと、それが地震であることが、わかった。地面が揺れていたんだ。

それで俺は自分の命が助かったことをとりあえず確信できた。おそらくだが、地震の影響なのか、寝相の悪さなのかは知らないが体にショックが加わったことで、幽体離脱が強制解除されたのだろう。

過去の事例では、幽体離脱中の人に他人がふれたところ、幽体離脱が解除されると同時に、その触られたほうの人の精神に重大なダメージが生じてしまったという話もある。寝言に返事してはいけないというのもこの類だろうか。
しかし俺は他人に障られたわけではないし、見たところ特にダメージも受けていない様だった。俺はこわかったので、一階の和室に移動して、そこで漫画を読んで夜を明かした。

(3).大学時代-臨死体験-

夢と言えば俺は臨死体験をしたことがある。お花畑が見えて、三途の川があってと言うやつである。世界各国に臨死体験の記録はあり、遭遇する景色や建物等は文化ごとに異なっているが、お花畑や川があったという点だけは、多くの報告で共通している。

ユング心理学の元型と関係があるのだろうか?
ユングは、人間の無意識には、太古の地層である集合的無意識があると言っており、その中にあるイメージの鋳型=元型が同じようなイメージを見せるのかもしれない。これは魔法では、イメージを通して力を実体化するのに必要不可欠な要素だ。

魔法ではアストラル界やエーテル界から力を引きだすのに、人間の集合的無意識状態を利用する。人間の意識は天上世界とつながっており、それとアクセスする場が、潜在意識状態なのだ。ここで状態といっているが、天上世界というのは、なにも別のところにあるわけではなく、波長がちがうために人間は普段アクセスできないだけなのだ。もう少し厳密に言うと、たしかにこれは別の世界なのだが、同時にラジオのチャンネルを合わせるように、アクセスが出来てそして間接的に交信できるということだ。

まとめると、同調は潜在意識状態のみで行うことができ、集合的無意識の元型とあらかじめ対応させていた神様や悪魔のイメージに、天上世界の力を、実体化するのが魔法なのだ。
先に上げたオーラ視やイメージの外部投影は、この力と交渉したり、外部の人にも見えるようにしたり、そのような時に必要となる。

さてまたまた話題がずれてしまったが、そう臨死体験だった。長話をしている時に、元の話の趣旨を度忘れしてしまうということがよくあり、我ながらもどかしい。短期記憶があまり良くないらしい。

はじまりは何かわからないうちに目覚めると俺はトンネルの中のような空間にまっすぐに続く暗い道を歩いていた。
ただ暗いだけで、でも光はわずかに入っている。そうしないと暗闇では何も見えないはずだから。というよりも暗い灰色の映像という方がいいのだろうか。

俺はその道をただ歩いていた。この時はまだ意識がはっきりせずに、出来の悪い明晰夢としか思っていなかった。俺の意識がはっきりし出したのは、ある地点、それはわかれ道だった。

俺は本能的に、これは生死の分かれ道だと確信した。怖い夢を見るとある地点で急に視界が暗くなり、恐ろしい声が聞こえてくる経験を俺は今までなんどかしていたが、それはあくまで夢だ。目覚めるか明晰夢に改変してしまえばいい。しかしこの時は、夢以上のリアルをはっきりと感じて逃げられないと思った。天国と地獄というワードが浮かんだ。

俺は迷った。すると後ろから小学生くらいの男の子が飛び出してきて、そして右側の方に走り去って行った。この時顔は見えなかった。俺は男の子のほうを追いかけた。そしてしばらく進むと、前方に光りが見えてきて、トンネルを抜けることが出来た。そこは川岸だった。彼岸にお花畑が見えた。

服を脱がせる婆さんは見当たらなかった。たしか天国の川というのは何本かに分かれる。二本目の河の水を飲むと不老不死になるとかそんな伝説もあったはずだ。ふとそんなことを頭の片隅で考えてしまい、俺は自分のオカルト癖に苦笑した。目の前にそれがあるにも関わらずに、俺は想像上の世界を見ていた。いやこの体験自体が想像の産物かもしれない所詮は脳が見せる夢かもしれないのだ。しかし、だったらこれを書いている俺の今の生活は現実だといえるのだろうか。脳が現実なのか、それとも脳も夢なのか。

改めて前を見ると、お花畑には沢山の坊さんがいて、突然耳をつんざくような御経が俺の耳に聞こえた。宗派とかはわからない。恥ずかしいが日本のオカルト文化にはあまり詳しくない。所詮西洋かぶれなのだ。だがその合唱はアジア的というか、俺の心の中のなにかを揺さぶる様な逃れがたいめまいを起こすような威圧感を持っていた。

俺は「ああ死んだんだな」と思い、観念してその川を渡ろうとした。でもその時、その坊さんのなかに、さっきの子どもがいることに気がつき、そしてその子供が、大きな声でこう言ったんだ。

「隆文くるな!」

隆文は俺の名前(仮名)だ。そしてその瞬間、何かにつかまれたように、体が大きくのけぞった。

俺は目を覚ますと、自分がベッドの上で寝ているのを空中から見下ろしていた。また幽体離脱かと思ったが、それとは状況が違うことがすぐに分かった。
俺の体の周りには、医者らしき人や親父や母親や妹がいて、俺の名前を必死によんでいた。

臨死体験の続きだった。バイクでトラックに轢かれたことをこの時思い出した。その際には、たしかに俺のバイクの後ろには白い爺さんがのっていた。

そして爺さんは横にいた。体や家族を天井付近から見上げる俺の横でそいつも、浮いていた。
俺は驚愕した。やつの顔を見た。するとやつもこちらを見返してきて、そしてその顔はニヤけてすごくうれしそうに笑っていた。明らかにその笑顔には悪意があった。俺が死ぬのを手ぐすね引いて待ち構えている、俺が死んだとその瞬間に、ざまあみろと拍手喝采する準備でもしているかのようだった。吐き気を催す邪悪とはこのことかと思った。

俺は怯えた。どうすればいいかわからず、頭がおかしくなりそうだった。爺さんから遠ざかろうと空中でばたばたもがいた。元の体に戻ろうともがいた。でも何も起きなかった。俺達の位置は何も変わらない。ニヤける白い爺さんと俺、そして向う側には俺の体と家族。

まるで世界が違ってしまったようで、もう家族の元には戻れないと思った。あちらの時間は動いて、こちらの時間はとまっていた。俺の体が悲鳴を上げているはずなのに、空中に浮いた霊魂の俺にはそれがわからなかった。俺の心の悲鳴も。

何もできずに絶望した俺は助けを求めた。祈った。「目の前に大切な世界があるのに、何もできないなんておかしい。おかしい。誰か助けてくれ」そう思った。

その時また頭の中で「隆文」という懐かしい声が聞こえた。俺はその懐かしい声にこたえてそれが誰かわからないのに、親父や母親や妹の名前を呼んだ。

叫んだ。叫びまくった。もし生きていたら喉がちぎれるほど叫びまくった。中学の合唱コンクールや体育祭の時よりも断然叫んだ。叫びに応じて、俺は前に、下に、自分の体に降りている気がした。叫べば叫ぶほどに、降りている気がした。光に向かって引き寄せられる感じだった。

俺は気が付いたらベッドの中で目を覚ましていた。皆に見守られながら。皆が良かった良かったと泣いていた。母親は呆然とした感じで、父親も顔を赤くはらしていた。妹が泣きながら抱き着いてきた。医者や看護師も懸命になにか作業をしてくれているようだった。俺は幸せを感じた。

でも実のところこのとき素直に喜べない部分があった。怖かった。天上からまだあの爺さんの死神が見下ろしていた。そしてやつの顔は先ほどまでのニヤケ顔から、まったく違うものに変わっていた。

無表情だった。感情がないのではない。やつは俺が助かったことを心底から面白くないという顔をしていた。そしてやつは次第にうっすらと透けていき、空中から姿をけした。
消えた瞬間、耳元で「チッ」という心底不機嫌そうな舌打ちが聞こえた。

後でわかったことだが、どうやら俺の怪我自体は命まで無くすほどではなかったらしい。しかしなぜか何週間も意識が戻らなかったから、家族が周りで呼んでくれたのだった。俺にはその間のことはわずか数時間に感じたが、もしかしたら精神世界と現実世界は時間の進み方が違うのかもしれない。もっともこんな考察ができるのは、今だからであり、当時は本当に怖くて、その後入院している間は、やつがくるのではないかと、夜がくるたびにふるえていた。

(4).大学4年-山道でのドライブ-

最初に死神と出会ったのは小学5年、次が中学3年でその次が大学1年。
大体だが四年周期ということになる。俺はこの事実に気が付いてから、この次は社会人一年目に遭遇するのかと気が気ではなかった。といっても逆に言えば4年たたなければ来ないので、3年目までは余裕で忘れていた。というか思いだしたくなかった。

しかし実際に次にやつと出会ったのは、3年後の大学4年の時だった。今のところこれが最後だ。

俺はその時、田舎の山道を車で走っていた。
父方の実家に家族で集合して、そして一人で帰るところだった。
カーブが多いし、ところどころガードレールもないような山道だが、子供の頃親父親に連れられて何度も通った道だから、それほど大変な道とも思わなかった。高速を通るよりも近道で料金も安いし、そんな道だから対向車もあまりいない。

呑気に走らせていると、前方に中年と思わしき男性が歩いているのを見かけた。俺はとっさに嫌な予感がした。こんな山道に人が一人で歩いているわけがない。しかし女でないのは、まだ希望がある、だって女だったら百パーセント幽霊だ。そんなことを考えた。

俺はそのおじさんをゆっくり追い越しながら、おそるおそるその顔を覗いた。おじさんは、俺のほうを見ながら怒ったような顔をして、指さしてきた。俺は前方をみて、しかしなにもなかった。どうやら前をしっかり見ろと注意してくれているようだと、俺は安心した。別に普通のおじさんだ、この時点で彼は幽霊ではないと確信できた。

が、その確信はすぐに覆った。嘘、俺の確信やすすぎ。しばらく道をいくと、またあのおじさんのうしろすがたにであったからだ。

「違うおじさんだよ、違うおじさんだよ。おじさんは星の数ほどいるんだから」

俺は自分をごまかす呪文を唱えて、またゆっくりとおじさんを追い越し、そして恐る恐る彼の顔を覗いた。

同じ人だった。しかも今度は、もっと怒っていた、また俺をゆびさして、いや俺の隣の助手席部分を指さしていると思った。

いた。やつがいた。死神の爺さんが俺の横でニヤけていた。

俺は驚き、そして叫びそうになった。しかしその暇はなかった。
すぐに俺は目を覚ました。そして前方にカーブ、ガードレールに守られたその先の崖が迫っていた。

俺はごく短い間、眠ってしまっていたのだ。それまでは一度も居眠り運転などはしたことがないのに。

俺は思いっきりハンドルを切った。曲がり切るしかないと判断した。この時視界がとてもゆっくりになった。

そして、ガードレールに車体をこすりつけ、火花と音をちらしながら、カーブを切り抜ける事が出来た。俺は少し前に進むと、呆然として停車した。

隣を見るとまだやつはいた。腐れ縁の死神の爺さん。無表情なつまらなそうな顔だ。
俺はこの時逆に驚かなかった。もう慣れたよ。むしろあのおじさんが知らせてくれなかったら、この爺にころされていたと思うと、怒りの感情が勝ってきた。

(こいつは、また俺を殺しそこなって、残念がっているに違いない。俺が死にそうなときはにやけて、生き残ると残念がり無表情になるのだ。最低の野郎だ)そう思った。

俺はやつにつかみかかり殴ろうとした。しかしなぜか、やつには謎の斥力でもあるのか、俺の体はちかづくことが出来なくて、跳ね返された。

俺は驚いたが。しかし怒りにまかせて、やつを罵倒した。いや当然の文句をいった。

「どうして俺なんだ。なんで俺ばかりに付きまとうんだ。俺は死ぬ運命なのか。お前死神だろう。いい加減はっきりしろよ。俺はいつ死ぬのか。
俺が恐怖におびえる姿を見て楽しんでいるのか?人の不幸でニヤケやがってこの根暗ジジイが!そういうのを人間として、最低の底辺っていうんだよ!

どうせあれだろう地獄の手帳とかに、死ぬべき人間のリストとか書いてあるんだろう。はいはい、なんでも神様と閻魔様の言うとおりってね。

お前らに一体何の権利があるんだよ。俺をいたぶる正義などというものがお前らにあるのか?そんなものある訳がない。あっても俺は認めない。

死神が偉いなんて、お前らに人を殺す権利やあの世に連れて行く権利があるなんて、誰が決めた。決めたやつがいるとしたら、そいつこそ最悪のカス野郎だよ。」

内容自体はうろ覚えだが。こんなことをいった。俺はやつを許す気はなかった。
又殴りかかるが、斥力で容赦なく弾かれた。

俺は殺意を止めなかった。なりふりかまわず物を投げつけてみたが効果はなかった。全部奴の体をさけてしまう。

くそ、こうなったら魔法だと、五芒星の小追儺儀式を試すことにした。
指先を剣に見たててエーテルを込めて五芒星を描く。呼吸はボックス呼吸。神聖なるものの名において邪気を払う。しかし実のところ俺に本当に魔法が使えるわけではない。さすがに本気で魔法が使えるなんて思ってはいない。俺にはオーラと明晰夢を見るぐらいしかできない。

だがそれでも殺さねばならなかった。よく考えたら神の名で神を殺そうとしているのだから、おかしな話だが、そんなことは関係なかった。

俺はやつを睨み付け、怨念を込めながら、かつて夜寝る時に暗唱していた呪文を唱え出した。

そしてその時、変化が起こった。死神が苦しそうな、いや何かとても難しそうな顔をしだした。なんかすごくはずかしがっているような感じだ。やっぱり神の名で神を殺すのは滑稽なのか。それともにわか仕込みだからか。それとももう死んでいるからきかないとかか?

俺は思わず、手は止めないし呪文も詠唱もしているが、ぎこちない感じになった。
やつは、そんな俺から目をそらして、懐から何かを取り出して、それは手帳でそれをパラパラとめくり始めた。

俺は気まずさに必死に耐えて、殺意を維持しようとした。
するとやつにまた変化が現れた。あるページに目をとめてそれで。

「名前は?」
と初めてやつは俺に話しかけてきた。さえない爺さんの声だった。俺は思わず、
「吉村隆文(仮名)」と呪文をとめて、返事をした。

すると死神爺は、また難しい顔になり、ぼそりとこういった。

「また、まちがえた」

俺は固まった。死神もかたまっていた。
やつはそのまま俺に目を合わせないようにしていた。だが体がプルプル震えていることに気が付いた。今までは人の形はしていても、人間らしさは全くなかったのに、この揺れに関してはリアルおじいちゃんのそれだった。そしてだんだんと色が薄くなり、消えていった。

「またってなんだよ」死神が消えかかるときに、やっとその言葉を発することが出来たが返事はなかった。

また間違えたって、以前も間違いだったってことなのだろうか?
俺はこの時ほど、恐ろしくなったことはない。だって今までのが全てまちがいだというのだとしたら。

俺は吐き気を催す悪意も恐ろしいが、それとミックスされた天然というのはもっと恐ろしいと思った。天然だけなら可愛いのに。よりによって、なんでこんな悪意しかない爺さんとまぜちゃったんだよ。

これ以後死神にはあっていない。この時から来年で丁度4年になるから、もしかしたら、また奴が来るかもしれない。俺はやつが天然だからといって、決して許しはしない。邪悪な存在だと今でも憎んでいる。というかもう会いたくない。死神の爺さんが、また来年俺の目の前に現れかもしれないと考えると、今から凄く怖い。

 

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