これは私の友人から聞いた話です。
あるところに一軒の廃家がありました。塗装がはがれ、窓のガラスが割れた外観に蔦が茂り、庭も草が伸び放題の明らかに人が住んでいない二階建ての家でした。しかし何年も取り壊されずにいました。
友人の友人、仮にCとしますが、彼はある夜酔った勢いでその廃家に入ってみることにしました。
玄関から鍵を壊して入ろうとしましたが、鍵は初めから壊れていました。
扉を開けて玄関土間(たたき)に入り、そこから懐中電灯を照らして見る内装は、外見よりは朽ち果てておらずこの時点で、おやもしかして人が住んでいるのかとCは思ったそうです。
あたりを見回すと、右手にカレンダ-があり、それは数年前の物がかかっていました。また電気もつかずCはそこからやはり人は住んでいないと中に入ることにしました。
しかし念のためと思い、靴は脱いでおくことにしました。そんなことは意味がないことなのですが、相当酔っていたらしいのです。
玄関土間から奥や両サイドの部屋に繋がる廊下に入ると右手に郷土系の赤いお面が飾られていることに気が付きました。少しびっくりしましたが、別に特別なものとはかんじなかったので、奥に進みました。
そして恐る恐る何部屋か物色しましたが、特に珍しくもなく、それどころか、家族の写真や服類と言った生活に関する品が何もなく、せいぜいさびた電化製品が何個かあるくらいで、やはりただの廃家だという結論にいたりました。
そこで今度は普段外から出はよく見えない、二階に行ってみることにしました。二階への階段はギシギシきしみました。二階に上がり、ある部屋に入ると、そこは一階よりもずっと綺麗で、それどころかベッド、机、本棚、部屋干しの洗濯物等、人が生活している空気がありました。
恐る恐る電気のスイッチに手を伸ばすと、電気が付きました。Cは後悔しました。人の住んでいる部屋にきてしまったということではなく、声がしていたからです。
「がやがや」「がやがや」
それはどこからともなく、大勢の人が何かを話している声でした。
Cは目と耳を凝らしたけれど、誰もいませんし、何をいっているのかもわかりませんでした。
Cは階段をおりて、家から出ようとしました。
しかし階段を一段降りるごとに、その声は大きくなっていきました。
あいかわらず何を言っているのかは聞こえないのに。
Cは怖くなりましたが、それでも意を決して、一回まで急いで階段を降り、そして一気に玄関土間に行きました。一階にきても声が聞こえるだけで、誰もいませんでした。
Cは靴を履こうとした時に、玄関土間には沢山の靴があることに気が付きました。来た時はこんなになかったはずなのに。急いで自分スニーカーを履き、その家を後にしました。
Cは走りました。心臓が千切れるくらいに全速力で走りました。誰かが追いかけてくる気がしたのです。そしてやがて、その家からかなり離れたところで彼は足を止めました。後ろを向くと、誰もいませんでした。
Cはとりあえず落ち着きを取り戻しました。しかしその時足の違和感に気が付きました。足をよく見ると、彼は自分のではないスニーカーを履いていることに気が付きました。彼の普段はいているものとかなり似ているのだけど、それは少し違いました。酔った勢いで勘違いしてしまったようでした。
Cは動揺しましたが、いまさらあの場所に戻る気にはなれなず、靴を履き続けそして自分のアパートの近くにさしかかると、それを脱いで道の脇に置いておきました。
そして自分のアパートの鍵をあけ、中に入ると、玄関には靴がいくつもおいてあり、のれんでくぎられた室内からは、「がやがや」と誰かの声が聞こえてきました。
Cは気絶しそうになりましたが、その声がよく聴くと知っている声であることに気が付きました。それは友人たちの声で上機嫌でした。
友人たちはどうやら彼の家で飲み会をしているようでした。彼は気を許して、暖簾をくぐりました。彼らに話しかけようとすると、彼らの動きがピタリとやみ、Cのほうに振り向きました。空らは全員赤いお面をつけていました。