「はい、最近毎晩のように見るんです。夢の中で私は、真っ暗な部屋にいて、前方には小学生ぐらいの女の子がうずくまっているんです。
その女の子はひどく落ち込んでいるようで、悲しそうな泣き声が聞こえるんですけれど、顔は向うを向いていて見えないんです。でも・・・その・・・・・・日に日に、顔が・・・こちらに振り向こうとしていて・・・・・その女の子の顔が見えたら・・・・・・私どうなるか・・・・」
彼女の名前は生来成美(せらいなるみ)、都内に勤務する若いOLである。彼女はとても快活で優しい性格で、課のマドンナ的存在であった。
その彼女が3か月前に、同じ部署の田中正義との婚約を発表して、案の定田中が同僚諸兄からのやっかみを一身に受けたまでは、二人の運命は順調そのものだったが、しかし暗雲はどんなに清廉潔白な人の前にも立ち込めるものらしい。
それ以来なぜか、彼女の心は晴れず、精神は穏やかたらず、その結果人知れず、そのすじでは「よく治る」と有名な溝口心療内科の門をひっそりと叩くにいたったのである。
溝口医師
「ふむ・・・・・・この3か月間貴女のお話を伺って、催眠療法や箱庭療法等、様々試してきて、貴方の心は軽くなったと思いますが、何が不安なのですか?
いえ、それは貴方自身がもう知っていることでしょう。夢というのは抑圧された願望や恐怖を知らせてくれるものなのですから。」
成美
「・・・・・・・・それはあの・・・・・・溝口先生・・・・私にはできません・・・・」
溝口医師
「勇気を出して・・・・・・・大丈夫、貴方が何に悩んでいようと、それはあなたのせいじゃありません。何度も言いますがね、もしそれが幼少期に植え付けられたトラウマが原因ならば、その当時誰が貴方を責め・叱責しようとも、無力な子供であったあなたにはどうすることも出来なかったことなのです。貴方の不幸な過去、それに対して、貴方の人格を責める権利のある人間なんていやしないのです。」
医師の言葉に後押しされて、彼女は封印していた過去に立ち向かう決心を固め、ゆっくりと深呼吸をしてから、自らの心の闇をはきだし始めた。
成美
「・・・・・・・・・・私、継母にいじめられていたんです。・・・・・・・・・そう、あの泣いている子は、・・・・・私・・・私なんだわ・・・・・あの時の悲しみが、それが今でも私を苦しめて・・・・・私はただ継母に好きになってほしくて、さびしくて、それだけだったのに・・・・・・・あの女は・・・・・・私を苦しめて・・・・・やること全てを、いや私の存在さえ否定して・・・・・・だから私、それ以来ずっと自分が好きになれなかった・・・・・・・だって私は母にも愛されないダメな子なんだ・・・・・・ずっと母を殺してやりたい・・・・・そう思ってきたんだ・・・・・・そんなダメな子が・・・・家庭を持って母親になるなんて出来やしないと・・・・・・・だってずっと私は私のことが嫌いだったんだから・・・・・・・」
独白が終わると、そこには沈黙だけがあった。
彼女の心が暗い過去に打ち勝ったことを十分に確信してから、
医師は極めて優しい口調になるように気遣いながら仕上げを施した。
溝口医師
「・・・・・貴方は勇気ある女性だ。それこそが、貴方が抑圧していた過去の苦しみです。それが結婚のまじかに、家庭を持つ恐怖として現れたのです。
人は、過去の苦しみを乗り越える事が出来る、そのためには過去と向かい合うことが必要なのです。これはある意味で非常に残酷な言葉ですが、今のあなたにこそ送りましょう。
『病的な不幸を、当たり前の不幸に』
多くの人が人生の荒波のなかで迷い、不幸を経験するのです。そしてその中には心の病気になっても致し方がない、そういう類の不幸もあるのです。しかしそれでも、人生は厳しいものだと認識して、当たり前の不幸だとして、自分の責任として、立ち向かっていかなければならないのです。私たち医師は封印されたかなしみ、その声にならない声を、自分で認識できるように、後押しするだけです。
過去のトラウマを克服できたのはあなた自身の勇気の力のおかげなのです。」
――――――
その夜、過去のトラウマを克服した彼女は、安心して眠りにつく事が出来た。もう夢に怯えなくてもいいのだ・・・・・・
しかし、夢はまだ続いていた。
暗い部屋に女の子が一人泣いている、まだ横を向いて、顔ははっきり見えない。
成美は、まだトラウマを克服できていないのかと、心底に落胆とそして恐怖して、はじめは、いつも夢の中でするように、その場にうずくまって、何も見ないようにし、心の中でやぶ医者にありとあらゆる罵倒を浴びせた・・・・
しかし、彼女の心は以前よりずっと強靭になっていた。もし泣いているのが本当に昔の自分自身なら、その子を慰めてやるのが、抱きしめてやることこそが、本当に大切ではないか、そう思ったのだ。いやそうなのだ、泣いている弱い自分を抱きしめてこそ、認めてあげてこそ、この悪夢は終わりになるのだ。
成美は、両手を広げて、女の子に近づき、そして自分自身に言うように、懺悔の言葉を投げかけた。それは封印して一人きりで苦しめてしまったもう一人の自分の心に向けてのものだ。
「もう大丈夫だよ。貴方を傷つけたり、馬鹿にしたりする人はもういないの。貴方は悪くないの・・・・・・私が弱虫だったんだわ。」
女の子は、泣きやむのをやめて、成美の方に振り向いた。
そして成美は女の子を、自分自身を、受け入れて、人生の再出発を果たした。二人は抱擁し、苦しみと幸せが再び一つになる時が、人生の課題、独立と統合が果たされるときがやってきたのだ。
が、そうはならなかった。
振り向いた女の子の顔は幼少期の彼女の物ではなかった。それよりもはるかに醜い醜悪な顔をしていた。
「・・・・あなた誰!?・・・・・・誰なの?・・・・・」
「やっと許してくれるんだね。やっと好きになってくれるんだね。私ずっと待っていたんだよ。私貴方が大好きだったのに、友達だと思っていたのに、どうしてひどいことばかりしたの。私はただあなたに好かれたいだけだったのに。私がキモいから?私がうざいから?そうだよね、こんなうざくてキモいやつ、誰も友達になっててくれないよね・・・・・でもいいや・・・・・だってこれからは貴方とずっと一緒だもの。
ねえ、あなたあの後、私がどうなったか知ってる?知るはずないよね。貴方は美人で、ずっと誰からも愛してもらったんだものね。それで、時期になったら、きっといい人と結婚とかするんだよね。いい家庭とか、かわいい子供とか生むんだよね。
私ね、キモくて、うざくて、みんなから嫌われて、貧乏でさ。男にも相手にされなくってさ・・・・・・・やっと相手がみつかったと思ったら、いままで我慢してためたお金全部だましとられちゃったW ねえ聞いて私、水商売ですら面接で落とされるんだよ。へへ! 私にとって男にこびへつらう娼婦すらも憧れの華型なんだよ。貴方はいいよね。貴方にとって美は醜い下々に分け与えてやるもので、媚びる道具ではないんだものね。私なんて不細工すぎて、テレビの芸能人や声優、漫画の登場人物にまで嫉妬して、想像の世界にさへ逃げ場所がないのに・・・・・・どこにも行く場所がないのに・・・・・・・・・ねえ私がどんな気持ちで、生きてきたか知ってる? 私は何にも悪いことしてないのに、子供のころから、キモくて、ひどいあだ名とか・・・・・・・いじめとか、されて、貴方は何にもしてないのに、可愛いアイドルで・・・・・・だからさ、ずっと思っていたんだよ・・・・・・・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・ずるい・
女の子の正体、それは成美が、昔継母にいじめられていた時に、腹いせでいじめていた友達のI美だった。
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X年X月 X県警
「警部、これで今月若い女の変死は二件目ですね。しかも同じ地域の出身ですよ。もしかして変質者の犯行ですかね?」
「あほか新人!、片や美人で気立てのいいので評判な大企業のOL、片やドブスのひきこもりだぞ、美女が立て続けに狙われるならわかるけど、後者のブスの方は誰が狙うってんだよ。自殺だよ、自殺。
・・・・・・・鑑識の報告書しっかり読んでないだろお前。・・・・・まあしかしいやだねえ、美人薄命とはよく言ったもんだ、これからやりたいことも沢山あったろうに・・・・・なんで死ぬかねえ・・・・まあ美人でもブスでも死だけは平等にやってくるわけだ・・・・まあ早死にだから不平等な平等ってやつか・・・・・・・」
「でも警部、泣いてくれる人の数は違いますよきっと。」
「新人お前・・・・・・・・・結構毒舌なのね!」
FIN