私は現在、色々なテーマに合わせて取材や編集をして、それをネットの文章や雑誌等にまとめるライターをしている。
心霊系の特集を担当した時、こぼれてしまった話をシュレッダーにかける前に、個人的に記録しておこうと思う。
その企画では大人向けの怪談ということで、学校の怪談のような子供になじみあるものは除外するしかなかった。しかし今からの話はその学校についてのことだ。
学校には様々な幽霊がいる。花子さん、太郎さん、闇子さん、引き子さん、月子さん、テケテケ、ベートーベン、二宮金次郎等。みな固有の名前をもつある意味では怪談界のスーパースターだ。
しかし学校の幽霊というのは、何も名前がある存在だけではない。無名の幽霊というのも数多く存在するはずである。
学校で幽霊が多く目撃される原因を考えた場合、多くの児童や教師がそこで生活し、それゆえに事故や不幸がおおく発生する(それゆえに彼らの内の何割かは幽霊になる)ということが一因としてあげられるだろう。
例を挙げると、今では考えられないが、昭和の昔には、かなり危険な遊具が校庭に設置されており、毎年全国で一定の数の子どもが犠牲になっていたようだ。
空中シーソー等の児童が高所から落下する可能性がある遊具、回転搭等の児童が乗り込んだり手で持ったりして回転させることで、児童を空中に放り投げたり、体を切断したりする危険のある遊具等だ。
しかし目撃されるのは、噂されるのは、ほんの一握りの有名どころであり、無名の幽霊の話は学校の噂としてはあまり聞かない。
もちろん心霊というコンテンツ自体が、子供だましの虚構だと言えばそれまでだが、しかし「本当にあった」という体で語られる学校の怪談において、そういったメタ的な視点を持ち込むことは意味がない。ここで問題にするべきは、やはりなぜ無名の幽霊の噂や目撃談がきわめて少ないかということだ。
答えは簡単である。むしろ問いの立て方がおかしい。有名な怪談はフォークロアとして一定の人気があり、それが目撃されたかどうかは問題ではない。一方でもし万が一児童が不思議な現象に遭遇しても、名前がない個別的な怪異ならば、それは広まりようがない。
いやそれどころか、多くの人間にとって、幽霊さえもこの世のものなのである。つまり名前があるからこそ、幽霊は存在するのであり、もし名前を付けようがなかったら、それはもうただの不思議な何かなのである。そして多くの人にとって、そういう怪異は意外と目に入らない、人は意外にも不思議なことなど求めていないのかもしれない。
さて今回取り上げる話は、その名前のない幽霊が名前を得るまでの話だ。体験者をB君、いや名前が関係あるので、仮名だが哲郎君としておこう。
ある日小学生の哲郎君は夜の散歩にでていた。彼はよく学校の前をとおっては、夜の学校の不気味さと自分だけ夜の姿を見ているという優越感を味わうのが好きだったという。
いつもは学校前を、校庭や校舎の廊下に誰もいないことを確認しながら、おっかなびっくり素通りして、その後、文房具屋の横を通り、公園と公民館をぬけて、スーパーにつながる道を帰っていたそうだ。
しかし事件の合った日は、校庭の鉄棒のところに人影があり足を止めたという。
学校は正門から左手に校舎、右手に校庭があり、鉄棒は校庭側の割合哲郎君に近い場所にあった。哲也君はかなりどぎまぎして、早々に立ち去ろうとしたが、その人影の動きを見ると、それは普通に鉄棒をしようとしているだけであり、なんとなく同年代の普通の小学生が鉄棒をしているのだなと、親近感がもてるものだったという。
さらにその影は、こちらに気が付くと手を振って哲郎君にフランクに呼びかけてきたという。哲也くんもそれに応じて、鉄棒のほうに近づいていった。哲郎君自信夜の学校に散歩に行く少しかわった少年だったから仲間がいるのかと思ったそうだ。
鉄棒の近くには、たしかに同年代くらいの男の子がたっていた。
ただ彼の知る限り、同じクラスではないし同じ学年でもない。哲郎君は小4だったから、5年以上か3年以下かと思ったという。
その子は深夜に鉄棒の練習を隠れてしているといった。逆上がりが上手く出来なくて恥ずかしいからと。そこで哲郎君はその彼の練習を手伝うことにした。手伝うと言ってもそんなに本気でかかわるのではなく、軽い付き合いのつもりだった。
鉄棒の彼はなかなか逆上がりができなかった。そこで哲郎君はお手本を見せようと逆上がりを自分ですることにした。一回転、上手く出来た。二回転、上手くできた。そして三回転・・・・・そこで彼の意識はなくなった。
彼は気が付くと、病院のベッドで寝ていた。彼は校庭の鉄棒の下で後頭部を殴打して、朝方発見されるまで、そこで気を失っていたそうだ。
そこではじめて、あの彼は幽霊だと哲郎君は思ったという。一緒に鉄棒をしたはずの小学生は一向にみつからなかったからだ。そしてしばらくすると、この鉄棒の幽霊の噂は学校中に広まり、語感が良かったことから、「鉄棒の哲郎君」という名前で、さらに周りの地域に広がって行った。
ただPTAや教育委員会が、被害者生徒を怪談で面白おかしく語るのは良くないと、早めに対策をとったので、一部の地域だけに今でも語り継がれる怪談で、口裂け女のように全国的にはならなかったが。とにもかくにも、名もなき幽霊に名前が付いたのだ。
肝心の哲郎君のその後の状態だが、彼は頭を打った影響か、事件以降精神や知能がおかしくなり、いろいろ手を尽くしたが、あまりよくはならず、今は精神病棟で長期療養している。
普段はほとんどしゃべれないらしく、しかしこの怪談を話す時だけは、饒舌になるのだという。実際この話も直接彼から聞いたもので、その時は普通の人間と変わらなかった。
そこで話を聞き終えて哲郎君に、幽霊や怪談の名前が自分の名前から付けられていることをどう思うかと聞いてみた。怪談関連ならば彼は普通に会話できるのなら、そこから訓練を重ねれば、社会復帰のめども立つかもとも思ったのだ。
すると彼は、「哲也君のおかげで僕は自由になれましたから」と歪んだ笑顔を作りながら言った。そしてあとは何を聞いても黙ったまま何も答えてくれなかった。
哲郎君が幽霊に乗っ取られているのかは私にはわからない。単純に後頭部をうったさいの後遺症感もしれない。ただし「名前のない幽霊」が実在するとしたら、きっと名前をほしがっているのだと思う。それは我々には認識できないけれど、それでも意外と近くにいて、今も我々の名前を狙っているのかもしれない。